パリピ生活から一転、家賃払えずに退去した「禿げ」の話

どうも、味噌の住人です。

髪の毛が抜けてスキンヘッドになってから早い事に10カ月目を迎えました。未だに髪の毛が生える兆しは一切ございません10月は大分涼しくなるので、「ニット帽で禿げを隠しやすくなるし助かるな~」なんて、そんな事ばかり考えて過ごす平凡な毎日です。

 

そんな、下の毛も抜けて#つるつるゾウさん状態の禿げた僕も髪の毛がある頃は『平成のナンパ師』と呼ばれておりました。(ほざけ)もちろん、髪の毛がまだフサフサだった頃のお話でございます。

 

月曜から飲み会!

「月曜から夜更かし」という番組のインタビューに応えていた頃(約5-6年前)の自分はイケイケの絶頂期で、そりぁもう毎日パリピみたいな生活でした。広告代理店の営業で働いていたので、毎日仕事が終わるとスーツを着て大都会名古屋で飲み会やら合コン(15対15とか)やらに参加し、金曜日や土曜日はクラブに通い今日は「10人に声をかけるまで帰れまテン」とかノルマを課せてナンパ活動をしていました。知り合いにナンパってどうやるの?って聞かれますが「勇気と自信」としか言えません。

 

この頃、世界は自分を中心に回っていると勘違いしてるくらい傲慢でしたので、たまたまインタビューされた月曜から夜更かしの取材も「遂にマツコデラックスが、俺に救いを求めてきたか」と本気で思ってました。(頭おかしい)

 

貯金なんてせずに給料は毎月飲み会のお金に使うという日々でした。それでも、ある程度お金がありました。学生時代に、片道40kmの学校まで自転車で通ってたんですが、青信号を無視して突っ込んでくる車と衝突しました。その時の慰謝料が僕の手元に数百万円ほど振り込まれていました。

 

もちろん、その数百万円は女の子に奢ったり、飲み会に参加したりですぐに消えてなくなりました。

 

貯金ゼロ、家賃払えず退去、リハビリ生活

貯金が底をつき、住んでいたデザイナーズマンションから追い出された僕は実家の狭い物置部屋に引っ越しました。ずっとお金があると思って遊んでいる生活だったので、貯金が尽きてから最初の1年は飲み会がいけない事やバカ騒ぎできない事にストレスを感じぐっとこらえる毎日です。

 

また、そのころ務めていた広告代理店が売り上げの低下が激しく、営業部長、次長、主任、先輩、が全員一斉に辞めるという事件も起きていたので、すべての仕事が自分に降りかかってきた為、ストレスの限界、でも貯金がないからやめれない。という行き止まり生活を味わい、僕はお金の大切さを身に染みました。そこから、なんとか30万円程度の貯金と退職金を当てに会社を辞める事にしました。

 

買い物は無職何日分か計算するようになった。

常に貯金が減っていく中、無職生活を過ごした僕は、買い物をするときに無職何日分かを計算するようになりました。

大体、1万円の買い物をする時には「無職3日分だな~」とか、友人に夜のお店に誘われたりすると「無職5日分かよ」と思うと中々買い物をする機会が減っていきます。今でも、登山靴やらテントやら登山バッグやら新しい自転車やら欲しいものは沢山あるんですけど「全部買ったら無職1~2か月分に相当するなー」とか考えると全然買い物ができない日々です。

 

なんとか転職をして、新しい業界でなんとか頑張るぞ!と思った矢先に髪の毛が抜けて内蔵がボロボロという状態に陥っているのが現状の僕「味噌の住人」であります。。。

 

皆さんには、傲慢にならず欲張らず、心安らかな生活を推奨しておりますWWW

 

お禿げ様でした。

お禿げ様でした。

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